2010/01/02
連載小説「神楽坂」第27回
連載小説「神楽坂」 第26回へ戻る第27回 翌年四月、嫁入り仕度の一つにもと親にすすめられ、ハルは洋裁学校に二年間通う事になった。もとより本意ではない御通学だから、はじめの一年は、美術と服飾史の講義が救いで作品の提出も欠かさなかったが、クラブ活動に、演劇部を選んでもぐり込んだとたんに部長にされ、作品の提出は友人に頼りっぱなしのていたらく。本業はお座なりとなって、どっぷり素人芝居の世界に浸ってしまった。当時の学生が文句なく燃えたものの一つには、ハワイアン・バンドと手軽に買えるウクレレ。ジルバの踊れるダンス・パーティー。同人雑誌の刊行とお芝居遊び。赤毛ものの新劇に血をたぎらせ、復興する演劇界に、焼け残った公会堂・大学の講堂で、素人から本職までふっ切れた大熱演。
ハルの学校では、日大の芸術科の学生が出入りして、秋の学園祭の演出から大道具・小道具の作成、本読み、半立ち、立ち稽古、はては、各大学の演劇部との共演の打ち合わせ。ここまでくると、もう誰も本業への救いの手は伸ばさなくなる。親も半分あきらめて、せめても卒業証書だけは戴いてと、薄い期待に変わる。クラブ費が足りないと、俄か仕立てのダンス・パーティーと模擬店で資金集め、所を得たりと走りまわっているハル。
半年がかりの芝居稽古も終盤近く、日大芸術学部のOBで雑誌記者の水沼に出逢う。この水沼の強引なプロポーズと作家志望の情熱がハルの夢をひきずり、これより数年後、結婚する。水沼の父は、結婚を前提にと、いささか頼りない次男坊を長年自分が勤めるM新聞社に入社させた。
それでは、ハルにとって、かつてのタカちゃんは、青春の一陣の風に過ぎなかったのか。否。ハルの方が彼の一陣の風であったと敏感にあきらめて、立ち去ったように思う。ハルの知らない場で、彼は左翼思想に傾倒していった。ある日の出逢いに、思想家は付属品を抱えてはならない。身の回りは常にすっきりさせて置くべき、との言葉が飛び出した。当時のはハルの理想には、男のお邪魔にならぬ女の生き方、などと大それた考えが芽生えていたし、男の思想が女如きで変わる筈もないと手短に納得して、若者の群れへとハルは身を翻してしまった。いっそ彼の求めたものが人間であったなら彼に取り縋れたかもしれないが、思想であってみれば、勉強不足のハルには太刀打ちもならなかった。
(つづく)
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