2009/12/07
連載小説「神楽坂」第25回
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第25回 母が店に出ると、ぐんと売上が伸びた。十日に一度戻る母は、珍しい外国の缶詰やお菓子を茶の間に広げ、尋ねて来た人に気前よく配る。母が戻ると歯車が一期に回り出したように家の空気が明るく騒ぐ。ハルは、生まれはじめてナイロンの靴下を穿いたが、外国の靴下は全体に大きく長く、小柄なハルの足先で、余った靴下がそよいでいる。靴下よりピーナッツ入りのチョコレートの方がハルには嬉しい。
妹のカズは、祖母の家に母と一緒に泊まり、ハルの卒業した新宿の学校に通っている。ゲンは、大学入試に失敗したが、語学に強く英会話に夢中で、街を歩く外人に近づき、すすんで喋り廻り、三角橋の図書館に通う。
カズは幼い時とは打って変わり、まるで物怖じをせず、背丈もハルを追い越す程だ。人並みにボーイ・フレンドも幾人かいて、ラブ・レターはすべてハルに代書させて、これはと思えばハルを呼び出し、解らぬまま出かけてみれば、「これは姉です」なぞと紹介し、意味もなくとりとめなく喋らされ、頃合いを見てカズが「もう帰って」とハルに耳打ちをする。その都度、ハルが書いたラブ・レターを読んでいるであろう目の前に座る男が間延びして見え、なんともお気の毒になる。カズは本なぞ読んで夢を見ない。すべて毎日の生活を通し、現実を見つめて大人になってゆく。ハルが本を買って与えても、「代わりに読んで、ストーリーだけ後で聞かせてよ」と、これである。ストーリーをハルが教えると、素早く自分のものにして、付き合いの中でちゃっかりと応用している見事さ。
夏休みが終わり、二学期に入って間もなく、母はカズの担任の教師に呼び出された。カズが自習時間、教壇に上がり、数人の友人と盆踊りをやったと言われる。見事に踊ってしまった生徒は三日間の停学。「サノ、ヨイヨイ」と、合いの手を入れた生徒は一日停学。
学校から戻った母は、汗を拭きながら、「もう少し、ましな事で呼び出されたのなら良かった」。言われたカズがケロッとした顔でニヤリと笑うと、我が家ではこれでおしまい。
(つづく)
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