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連載小説「神楽坂」第17回

連載小説「神楽坂」       第16回

第17回

 工場から学校へ在校生は戻った。赤煉瓦の校舎は外側だけ残り、内装は焼けて火事場の匂いがなかなか抜けない。
 つい先頃まで、藤田東湖の「天地正大の気、粋然として神州に鍾る(あつまる)」に始まる詩を朝礼で毎朝吟じていた私達は、戦が終わるや、ゲティスバーグでのリンカーンの演説文「人民の人民による、人民の為の政治を」と、蛸壺防空壕が手付かずに散在する校庭で、素直に唱和した。勿論涙ぐましい仮名ふりの英文であった。
 敗戦後の体操の時間は、かつて掘らされた蛸壺防空壕の埋め立てで始まった。先生のかけ声は「第三分隊の第一班右へ」なぞとは、もう決して言われないが、命令なぞされなくても、自分の汗で掘ったものの位置はしっかりと覚えている。御使用なしの深さ二メートル、直径一メートルの蛸壺に駆け寄る。
 「あれっ」顔を見合わせれば、「同じ、あの時とおんなじ」とはしゃいでいる。同期の桜は恙なく勢揃いして蛸壺防空壕は埋まり、校庭は平らに広くなった。
 焼け残った教室の中では、新渡戸稲造、内村鑑三の足跡が語られ、駆け足の民主主義が学校の中を駆け回る。
 禁じられていた英語は、敗戦を境にいきなりハル達を取り囲んだ。街には英文字が氾濫し、新宿の街の中をパラシュートのようなスカートを穿いた女の人達がGIに肩を抱かれ、タバコを咥えて通り過ぎる。
 「欲しがりません、勝つまでは」なんて、負けちゃったお国では、もはやおとぎ話。闇市では欲しい物が山積みされ、新宿の街はみるみる毒々しい原色に塗れたてられ、日本の色が消えてゆく。
 本屋さんに本があふれ、翻訳本を隠れて読んだ頃も忘れ、ぞくぞくと放映される外国映画を映画館の梯子で見て廻った。
 ズルチン入りのあんみつであれ、泣ける美味しさ、スルメの足をくわえ、映画館の休憩時間に流れるハワイアンバンドのスチール・ギターにうっとりした。しかし、お国の為に省略された英文法では、今更急に高学年用の〈リーダー〉抱えさせられても戸惑い疲れて、若いエネルギーは街の角かどを流離う。
 教育界の慌ただしい変貌の狭間であえぐ落ちこぼれは、無残であり無念だった。
     
 (つづく)

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プロフィール

可久鼓桃

Author:可久鼓桃
東京・京橋生まれの神楽坂育ち。
江戸っ子3代目。
昭和4年生まれの88歳。
短歌、詩、小説、絵画など幅広く表現。
運命鑑定家でもある。

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