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連載小説「神楽坂」第10回

連載小説「神楽坂」           第9回

第10回

 ハルは、神楽坂にいても入舟町にいても時計の音に囲まれて育ってきた。数ある時計の中で、柱時計は売れてしまうと壁に空間が出来る。それで売れゆきがはっきりわかり、出来た空間に新しい時計が掛けられる。並べられている時計の位置を覚え、売れた時計の個数と型をハルはぴたりと当てる。幼稚園に通う頃から、これをゲームにして父と遊んだ。当ると父は、缶詰になった小さなメリークリームを買ってくれる。大物を直すのに使う太いねじ回しで、父が缶の上に二カ所穴を開けてくれると、甘くてとろとろの濃いミルクが吹き出し、ハルはそれをちゅっちゅっと吸う。だが時計は配給となり、店の壁には空間が広がり、メリークリームはもう売られていない。柱時計の中で神楽坂と入舟町のどちらにも、同じ製造元で作られた同じ型の柱時計が一つずつあった。これは兄弟のように標準時計として使われ、非売品である。神楽坂の方が少し大きく、どちらもウエストミンスター・チャイムで時を知らせる。この二つのチャイムは音程が少し違う。同じメロディーだが神楽坂のは響きが長く、入舟町のは短いが、なんとも快いメロディが流れ、十五分、三十分、四十五分で時を打ち、音・u桙フ長さが違うので、離れていてもおおよその時がわかる。ところが、戦争はいつまでも続き、この時計がうたうメロディーは、なんと言ってもイギリスはロンドンのウエストミンスター寺院の鐘の音。困ったあげく、この二つの柱時計には、それぞれの家の寝室にお引きとり願った。時計の中で育ったハルは、馴れきった音では目が覚めない。目覚まし時計の二つや三つ並べたとて、びくともせずに眠ってしまう。
 ハルが目覚まし時計で起きることが出来るようになったのは、のちのち嫁いで二、三ヶ月もたった後からだった。

 砂糖やマッチが切符制となった。食堂や料理屋では、御飯を売る事まで禁止されて、神楽坂の灯りはひとつずつ消え、母のお腹には、四人目の命が育っていた。年が明け、節分も過ぎた雪の朝。母が産気ずいたと病院からの知らせに、四人目も女であろうと諦め顔で病院へ出かけた父が小躍りして立ち戻り、あわてて男物の産着を探しに走った。お婆ちゃんは、跡取りの顔が見られると涙ぐみ、「お手柄、お手柄」と、いつになく嫁を称え、お赤飯の調達に出かけた。夏になって、以前より中野の江古田にある家作の前側に二軒家を建て、一軒をあるじが女子大に奉職する一家に貸し、その隣の広い家に七人家族が移り住んだ。父は神楽坂から週に二日この家に戻る。ハルも神楽坂の学校に通う。小学校は国民学校と名前を変えた。お婆ちゃんは、この家に移るとめっきり身体が弱く気も弱くなった。父は戻ると、凱旋将軍のように手に入れてきた祖母の好物を茶の間に広げ、祖母は父を英雄のように見上げる。父の名をしきりに呼ぶ祖母は、子供のように父に甘え、御注文通りの大きな檜造りの湯舟で、「極楽、極楽」と御満足であったが、その御満足の風呂の中で倒れ、七十三歳の命を終わった。

  (つづく)   第11回

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プロフィール

可久鼓桃

Author:可久鼓桃
東京・京橋生まれの神楽坂育ち。
江戸っ子3代目。
昭和4年生まれの88歳。
短歌、詩、小説、絵画など幅広く表現。
運命鑑定家でもある。

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