2008/02/14
連載小説「神楽坂」第5回
連載小説「神楽坂」 第4回へ第5回
夏の神楽坂は、風呂帰りの芸者さんの粋な抜きえもん(衿をぐっとはだけた色っぽさ)の浴衣姿で始まり、足元に「助六」の柾目の通った桐の駒下駄からころと。「山本山」で煎り上げる、ほうじ茶の香り坂にたなびく。パンの「キムラヤ」の向かい角を入ると、赤い鳥居のお稲荷さん。角の「田毎(たごと)」(置屋)の雄武はよく喋る。
「オネエサン、ドコユクノ?」
「チェッ! 張り番じゃあるめいし、おうきにお世話さま」
仕込っ娘(しこみっこ・半玉になる前、学校に通いながら芸を習う)さんの友達と、石蹴り、縄跳び、隠れんぼ、さても、この通りは、我々のワンパク溜り。はやばやのお出ましのお客が行き過ぎる。
「オネエサンがお待ちかねーっ」
透かさず友達のかけ声が飛んで、おなじみさんの背中にぶつかる。
「おう」と振り返ったおなじみさん。
「友達」の許へ来ると、ニヤッと笑い、お小遣いをつかませ、すたすたと立ち去る。
さあて、さてさて、ジャンケンで負けた奴が「キムラヤ」へ走って、有名な「ヘソパン」を買ってきた。これは、ままある裏通りの出来事。ワンパク連中は、これを御祝儀と呼んでいる。
テルの店のショーウインドの中には、タイル貼りの細長い池がショーウインドにそってぐるりと作られている。夏はこの池の中に水藻が浮かび、まだらな小石が敷き詰められ、その間をひらひらと、お大切な金魚が泳いでいる。この金魚をお他界させず、夏越しさせるに、店の人達はひと苦労。金魚用の冷蔵庫の中は氷でいっぱい。ぶっかき氷を多からず、少なからず、時を決めて入れてゆく。その日の天気と氷の量を雑に扱うと、金魚はご他界となる。先代の趣味が「しきたり」となり、金魚と店の人達には、大変な御迷惑。
神楽坂は毎日が御縁日。夏は西瓜の叩き売り。テルは夕食もそこそこに、人垣の足の間をくぐり抜け、かぶりつきで日毎の御観覧。小父さんは、立て板に水のしゃがれ声と面白いセリフで客を引き付ける。
店仕舞いまで通い詰めるテルに、呆れかえってはいるが、おじさんは、西瓜を一切れ必ずくれる。
すると、決まって、お迎えに来る健どんが、今夜もテルの後で、テルの今もらった西瓜を見ながら眉を寄せる。
「オネショですよ、オネショ」と言うや、西瓜は、早くも健どんの口の中。
(つづく) 第6回へ

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