2008/02/06
連載小説「神楽坂」第3回
連載小説「神楽坂」 第2回へ第3回
夏生まれのテルは夏が大好き、海が大好き、西瓜が大好きで、トウモロコシが大好き。
一学期の通信簿を手にすると、よく学べの母の許へ。テルはよく遊べ、ちょっと学べと決めているが、勉強は嫌いではない。学校の点数だけが母に認められ、父兄会には、母が必ずやってくる。参観日には勢いよく手をあげ、我が存在を確認させんと張り切る。
その日は、神楽坂の百貨店「白木屋」の角にある「月ヶ瀬」で、フルーツポンチやホットケーキが食べられる。母と二人きりで食べるのだ。母の袂にぶら下がり、手洗いまでついてくる妹のカズも、この日ばかりは御遠慮だ。神棚に通信簿を上げ、パチパチと手を叩けば、毎年行く、大磯の家への避暑支度が始まる。
今年はテルも背が伸び、「いさみや」さんへ御注文の仕立て卸しの海水着。奥の人達は、大異動だが、店の休日は父と店の人達が前日からやって来て、大磯の家は、修学旅行の宿屋さんに様変わりする。入舟町の祖母もゲンも無論一緒。母方の従兄弟の中でテルは最年長。今年は、生まれたての三女のヒサもいて、母の荷物が大きく脹らむ。ゲンの兄弟は、生まれてすぐに死んだ子供を数えれば、たくさんになるが、ともかくゲンは末っ子だ。ゲンを「四十の恥かきっ子」と、陰で人は言う。三人のゲンの姉達はテルの母も入れ、しかるべく嫁ぎ、今では男のゲンが一人。
ゲンはテルの母を「カグザラカ」の姉ちゃんと呼ぶ。幼い頃、口の回らぬまま、「カグラザカ」を「カグザラカ」と言い馴れたゲンは、面白がって、そのまま、それで通している。
学校の成績はよろしく、男なのに妙におとなしい。以前、軽い小児結核を患ってより、余り太らず、ひょろっと背が伸び、女の子のような大きな目に睫毛が長い。片親となっても、母親に心配をかけず、親の御自慢の息子だ。
ゲンは時々お医者さんで検査を受けてはいるが、今は大した事もない。
ある日、せかせかとして入舟町の店へ父がやってきた。
きょとんとした目のテルにランドセルをいきなり背負わせ、物も言わせず待たせていたタクシーにテルを押し込め、神楽坂に連れ帰った。馴れきった入舟町での生活と別れがたく、おかしいと思いながらも、テルはお迎えのタクシーに乗り、はしゃぎながら神楽坂に帰った。
(つづく) 第4回へ

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