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連載小説「神楽坂」第2回

連載小説「神楽坂」          第1回


第2回

 多摩の庄屋に生まれ、乳母日傘で育った祖母のキミは、何が起ころうが、おっとりとあるがままに生きる女。嫁入り前の娘三人と五歳のゲンを残し、夫に先立たれた。そこでテルの母が嫁いだ神楽坂の店と入舟町の店は合併した形となる。神楽坂の舅は、日華事変開戦の年、あの世へみまかり、口やかましい姑は喧嘩相手の旅立ちに、少々気が折れ、優しい佛顔になり、間もなく佛になった。
 そんな、こんなの代替わりが済んでから、母は店に出るようになった。奥向きはお手伝いのトヨさんにまかせ、天性商い上手な母、ツルの出番である。店は益々繁盛し、いつの間にか、母は三女ヒサを生んでいた。従って、テルの入舟町住まいは、なおも長引く。

 チンチン電車は新富町から築地へ。築地の交差点の角に間口の広い瀬戸物屋があって、テルの背丈より高い瀬戸物で出来た裸の狸が一升どっくりを下げて、ギョロ目で立っている。テルは、この狸がお気に入りで、今朝も電車の窓から手をふって、「おはよう」と声を掛ける。歌舞伎座の手前に掛かる橋の欄干にちょっと休んでいた鴎が走る電車の音で舞い上がる。
 銀座から日比谷へ。
 休日、ゲンとテルは揃って日比谷公園までやってくる。車の往来が少なく、小学生でも、ものの二十分もあれば辿りつく。半蔵門から四谷見附。ここで乗り換え、市ヶ谷見附を通り、牛込見附(神楽坂下)。ランドセルをカタカタいわせ、飛び降りたら、車掌さんに叱られた。でもね。口笛を吹きながら、神楽坂をのぼる。坂の途中にある「さわや小間物店」を右に曲がると、父の代からお世話様の津久戸小学校にやっとつく。学校帰りは、坂を登り切った右側に、大きな目玉の看板がてっぺんに乗っている店に必らず寄る。入舟町への届け物は、裏口で母が紫色の手提げ袋に入れる。大事な物は、更に小袋に納め、その上を新聞紙でくるみ、必ず、この手提げの底に入れられる。
 「おばあちゃんの言う事をよく聞いて」と母は厳しい顔して言う。
 テルは大きくうなずきながら、そそくさと店にまわる。大きな金庫を背に若禿げの頭を、手拭いでいつも拭いている父の所へ。ニャッと笑うテルに、「ナイショ、ナイショ」と、たいてい小遣いをくれる。仕事場に並んだ店の人はガラスで仕切られた囲いの中で、時計の修理。
 一番古株の健どんが「テルさん、もうすぐ祭りですよ。御神輿が待っていますよ」と声をかける。
 テルは小若半天の男づくりで神輿をかつぐ。じゃらじゃらと、山車なんぞ引いた事もない。神輿が満員御礼の折は、山車のてっぺんによじ登り、太鼓を叩く。
 お祭り大好きのテルは、氏子でもないのに隣町まで祭りを追う。
 色白の顔に、おかっぱ髪を肩で揺らし、どこまでもテルを追う妹のカズ。
 小学校のテルの机の隣には、なぜかカズのお席がある。登校時、テルを追い教室までやってくるカズに、根負けした先生がおとなしいカズを見込み、テルの隣にお席をもうけてくださったのである。
 砂糖菓子に似て、触ると壊れそうなひ弱なこの妹は、首の廻りに桃色の真綿をちょこんと巻いて、病院通いが絶えない。ニコニコしていたと思うと、すぐに泣き出す。カズの泣き声に大人達はすぐに駆け寄り、何だか解らぬ内に、なんとなくテルは叱られている。妹の近くに寄ると粘っこい風が立つ。そこで、触らなければ風も立つまいと・・・。
 「お姉ちゃん、帰るの?」カズが寄ってくる。
 何が「帰るの?」だ。段々、この家が遠くなってしまう。路面電車の中で、神楽坂を見返り、次郎物語のようだと考え込む。テルの目から涙が出た。堀端を抜け、服部〈和光〉の時計台が見えると、ほっと一息。たいして小言も言わず、余り構いもせぬ祖母の気安さに、テルはいそいそと戻ってゆく。

(つづく)       第3回

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プロフィール

可久鼓桃

Author:可久鼓桃
東京・京橋生まれの神楽坂育ち。
江戸っ子3代目。
昭和4年生まれの88歳。
短歌、詩、小説、絵画など幅広く表現。
運命鑑定家でもある。

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