fc2ブログ

連載小説「神楽坂」最終回 エピローグ

連載小説「神楽坂」       第30回へ戻る

最終回 エピローグ

 坂を登りつめ、ハルは一息つく。
 日頃なつかしがるだけのハルは、今年成人式を終えた一人息子に連れ出された。今見下ろす神楽坂。さき程見上げた神楽坂。昔の場所には違いない、街の香りが変わっている。ハイカラに垢抜けよそゆきの顔した街並みが、ちょいと味気ない。思い直して昔ののれんを探す、文子ちゃんのいる「さわや」。そしらぬふりで化粧水を一つ買う。わっちゃんのいた「助六」。この店で買った鈴の鳴子ポックリの音が、のぞくウインドウの中から聞こえるようだ。「ハルちゃんは大きくなったら、僕のおよめさんだよ」と言った、ママゴトではお父さん役の健ちゃんのいる「菱屋」。さて、我が店の後に建った居酒屋「万平」。暖簾を分け、おでん・かん酒で一休み。おさえていた思いがお酒で解けて、昔を尋ねる。とろとろと話し出すお婆さん。したり顔でうなずくハル。「もしやここでお育ち?」。お里が知れそうで首をすくめて小さな声になる。
 「世今堂さんですか?」いきなり言われて返事に困る。笑った目の奥でハルは両親の代わりにうなずいていた。余りにも時が移りよそ者になってしまったが、店の名で呼ばれると、土地っ子のはずに少々席をあけられた思いが心を開く。たしかにこの家は奥まる程高くなる。薄暗い店の天井の隅から死んだ両親の声が今にもふって来そうで、ハルは盃を手に、うつらうつらと幻想する。
 
 「ハルーッ 入舟町のお婆ちゃんの言う事をよく聞いて」
 言われ付けた母の声が、ハルの耳の奥で今かけずり廻りはじめた。
 金庫を背にした父が、禿げた頭を一拭き、
 「ないしょでな」とハルに小遣いをくれようと、そこの土間の隅で笑っている。
 お婆ちゃんの御詠歌が聞こえた。
 「地獄の鬼めが現れて~」。
 「お婆ちゃん、ハルですよ。今帰って来ています。地獄ありましたよ。極楽も見ましたよ、みんなこの世にあったのですね」
 ウエストミンスター・チャイムを皮切りに、たくさんの時計が一斉に時を打ってハルを出迎え、店の前を近衛の兵隊さんの唄う軍歌と、力強い靴音。
 「万朶の桜か 襟の色 花は吉野に 嵐吹く・・・」※1
 サイレンの音が聞こえる。
 「空襲警報発令、空襲警報発令」
 ああ燃える。日本が燃える。神楽坂が燃える。私の神楽坂が無くなってしまう・・・。
 
 今、坂の上で見る夢は、思い出をゆすりゆすってお銚子をもう一本。夕闇がせまり、神楽坂に灯がともった。
 「お声を掛けようにも、どちらへやら解らぬまま、ここに家を建てまして、跡取りさんがおいでならどうぞお連れになって」
 燻しがかった神楽坂っ子の、健気な言葉も有り難く夕暮れの街に出た。

 ほろ酔いの目に街が活気ずく、勝手知ったる花街に入ると、迷子の顔して歩きはじめる。下宿専門で学生ばかりの「都館」の前を過ぎれば、両子ちゃんの育った大きな料亭。
 広い廊下を裾をひいたお座敷着のおねえさんがせわしなく行き交い。ずらりと並んだ部屋の襖一枚さらりとあければ、奥からお待ちかねの拍手が湧く。磨敷居に三つ指のおねえさん。身体を幾分ななめに構え、すらりと立つや、光に映えた腰の帯をポンと叩いてお座敷に消える。両子ちゃんの所で遅くまで遊んでいると、秘密っぽい大人の遊びの入口が見えた。
 
 ゆるい坂を下ると、お世話さまの我が母校。ハルの家は親子で同窓生だから、父は津久戸小には肩入れだった。父の後輩には、あの名優滝沢修さんがいる。
 「普段おとなしいが、いざとなると喧嘩が強かった」と、父は小学生の頃の滝沢さんを忍んで繰り返し言ったものだ。一家あげての映画と芝居好きで、父は「P・C・L」の撮影所に勤める友人に頼まれ、撮影の小道具として店の品物を貸して、ただのキップをもらう。このキップはほとんど愉快な叔父貴のお楽しみ。※2

 学校の裏門講堂へ続くドアの前で、放課後居残ってコンクリートの上に帳面を広げ、あしたの宿題をやってしまう。仕込みっ子のカッちゃんの為だ。カッちゃんは家に戻ると宿題どころのさわぎじゃないから、ハルの解いてゆく答をどんどん写す。柳田くんと山本くんがそばからお手伝い。
 「ボク、ハルちゃんスキ」
 「ボクダッテスキサ」
 「ワタシフタリトモスキ」
 そんなやり取りにはお構いなく、カッちゃんは夢中で答を写している。

    ※  ※  ※

 「かあさんが、生まれてはじめ好きって言われて、好きって言ったのがこの場所よ」
 並んで歩く息子を見上げてハルが言う。一緒に嬉しがってくれる息子の肩を廻しっぱなしのテープの音が伝い、神楽坂の夜は本番。ふるさとをあれもこれもと目に焼き付けて歩き廻るハルに、
 「おふくろさん、御感想は?」と気取った声する息子が、マイクを差し出す。
 「神楽坂は、やっぱりようござんすねえ」死んだ母の声になっていた。
 坂の上から小手をかざせば、はるか土手より渡る松風が笑いと涙をつきまぜて、お疲れ様と吹き払う。
 厄年も迎えず、丹沢の峰のぞむ白い病室で、
 「ハル、一緒がいいねえ」の か細い声を最後に、再婚の連れ合いは息子を残し癌で先立ったが、陽気な未亡人は、さっぱり苦が身につかず、母一人、子一人となって、今ふるさとめぐり。
 裏通りも道筋だけは変わりなく、焼けようのないそのままの石畳。その上を幼い昔の足跡が踊る。
 ぶっかき氷を豆しぼりの手拭いで包みぶん回した祭りの喧嘩。
 赤鳥居によじ登り、油揚げを納めにきた半玉さんの衿もとめがけ、小石をポツんと落としたいたずら。
 健ちゃんが買いたての自転車に乗れば、後の荷台に跨り、のろいぞ、のろいぞとハルは掛け声だけ。
 からっとして、黒板塀も見越しの松も見当たらないが、神楽坂っ子なら、せめてお堀の外側(こっち)で東京をささえて居りまする。その心意気でも持とうなら、御先祖様も、さぞやおよろこび。
 わんぱく通りを右に曲がる、どうやら馴染んでまつわる神楽坂(ふるさと)の風。
 足早やの行き過ぎると、いる筈もない「田毎(たごと)」の鸚鵡に呼び止められた。

 「そこの古いおねえさん、どこゆくの」
 「余った時で、気ままな旅さ」 

 (終)

 ※1『歩兵の歌(歩兵の本領)』 明治34年(1901) 作詞 加藤明勝・作曲 永井建子

 ※2 P・C・L = 株式会社写真化学研究所 (Photo Chemical Laboratory)。P.C.L.。トーキー映画製作技術(録音・撮影)開発の専門会社。P.C.L.映画製作所=P.C.L.の子会社の映画会社。のちに、合併により東宝映画株式会社になった。

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。
スポンサーサイト



連載小説「神楽坂」第30回

連載小説「神楽坂」       第29回へ戻る

第30回

 あれからたくさんの月日を重ねはしたが、出逢った男の中に無意識にテツを捜し回っていたハル。テツはハルの落ちた偶像だった。偶像は落ちたまま何も答えなかった。偶像のかけらを拾い集め胸にしまったまま流離うのはハルだけだった。生まれ落ちて双の乳房を共に啜りあった乳兄妹は、愛と掟を越え、恨みを切り捨て理由なく一対だった。ハルの心は今だにけじめがつかず、その部分だけが過ぎた時間の中で浮いている。これは男と女の関わりではない。歩み寄るハルに、テツはこわれものに出逢った目で、垣根をめぐらし遠ざかってゆく。
 一人ぼっちで世の中に躍り出たテツが、今こそ手に入れた地位と名誉に、さぞやと喝采を送ろうとも、年を重ねる程部厚い衣を纏った偶像は、やはり落ちたままとり澄まして答えない。

 生家を後にしてからのハルは、「本当だけが欲しいよ」と、夢中になって男についていった。失うものが多すぎても、無様な裏切りに出逢うと損も得もなく、さっさと身を引いた。貧乏も相手の煩いも、突然の失業も、賭けごとも、アルコールも、ハルに若ささえ残っていたなら、ふりかかる火の粉を運めとして恐れなかった。

 ハルは一度だけ、テツの勤め先を尋ねた。あれは世帯を持ったハルが余程切羽詰まった時だったと思う。街に出ると祖母もテツも当然いなくなった入舟町あたりに足が向いた。昔遊んだ赤石町から入舟町を抜け、疲れ果てて鉄砲州公園のブランコにゆられていた。公園の角に公衆電話があって、なんの考えもなくテツの勤める印刷会社にダイヤルを廻していた。昔を尋ね歩いたハルは、昔に甘えていた。会社がひけたテツに連れられ、銀座へ出るとテツが行きつけのバーに入る。薄暗い照明に美しい女の人が浮かび、不安定なとまり木に腰掛け、きれいな色のお酒を前に、物珍しげにあたりを見廻す。飲んでいるだけで何も言わないハルに、テツは黙って五百円札を一枚、ハルのポケットに押し込んだ。

 悲しさと情けなさに追い立てられ、なつかしい筈の銀座の街をハルは足早やに逃れた。華やぐ銀座の街は、ハルにとっては、今もって華やぎようもない。橋のなくなった銀座なんかに鴎はもう飛ぶものか。思えば、心の底に刻みついた入舟町は、くすんだ墨絵として今も浮かびあがり、神楽坂は極彩色で踊り立つ。
 テツとハルの出発点は、祖母と母の乳房だった。掛け替えのない二つのふるさとは黄泉に旅立ち、テツとハルは、残る時をいさぎよく生きるべき知命の年に入った。
 
 (つづく)

最終回 エピローグへ進む

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第29回

連載小説「神楽坂」       第28回へ戻る

第29回

 翌日、昼近くになって母は、祖母とテツを連れて戻って来た。しばらく逢えぬ間にぐんと背丈の伸びたテツは、無精ひげも疎らな顔をうつむけ、一足遅れてひっそりと入って来た。小さな頃、いたずらをすれば母の前に並びたっぷりお小言を頂戴していたテツとハル。「ゴメンナサイ」とすぐ謝るハルの隣で、テツは神妙にものを言わぬ、キラっと母の目が一段と輝けば、ハルはもう一言「ゴメンナサーイ」と叫び外へすっ飛んで行く。掴み所のないテツの沈黙に、早く父を亡くしたいじらしさで、母はもう何も言わない。母も祖母も一つ違いの二人が等しく我が子であった。奥の間では小さい子供等が母のお土産に群がり、渡されたお菓子を手にすると外へ遊びに出た。

 テツは、ぼんやりした顔で長い足を抱え縁側に蹲り、流れる空の雲を見ている。急に老い始めた祖母は口数少なに、母の隣でお茶を入れる。思いつめた目を宙に泳がす母は悲しげだ。朝になっても口をきかなかったカズは、口をへの字に結んで母の後でダンマリ。父は畠で草むしりの小父さんと立ち話。もうすぐ一幕ありげな状況に、ハルは居たたまれず、自転車をこいで一時も早くこの家から離れてしまいたかった。出来るなら先程からぼんやりしているテツも引きずり、その昔二人揃って叱られた時よりも素早く、下駄をふところに家の裏手を駈け抜け、入舟町へ戻りたかった。これから始まるであろう一幕に、テツを置き去りにするのがともかく辛い。恨みなら数々あったが、突然現れたテツをみとめるや、情けなさ変わり、やり切れぬ悲しさがハルを飲み込んで、母親の様な愛しさと変わりそうだ。考えが半分空に舞い、うろたえてハルは走っている。止めどなくこうして走ろうとも、今頃は幕があがり、テツはどこに座って誰に何を言われていようか。父はどんなに怒り狂っているか。祖母は倒れてしまいはせぬか。せめて土壇場に強い母の決断に、一縷の望みをかけていた。

 いつまで走っていようと目で見ねば決まりもつかず、自転車を静かに引いて裏口から茶の間を覗き、誰もいない離れへ。そこへカズがバタバタと入って来た。さっぱりとした顔で「どこへ行っていたのよ」と。「駅前の本屋だ」とハルは答えた。どうやら、いらだちの静まったカズの態度に、幕がおりたと感じ、水を飲みに台所へ立つ。
 「おやっ?、テツが見えない、祖母もいない」。
 その時、凛と張った母の声が仏間から聞こえた。
 「私が至りませんでした。これ程話し合っても解ってくれないのならば、テツと母を連れて入舟町へ戻ります。」
 母の捨て身の言葉だ。
 「解った、解った」と気弱な父の声が追う。
 何があっても生涯母にべた惚れだった父は、母ツルの一声で夫婦の人生の節目をきめてしまう。ハルは音を立てず離れに戻った。テツと祖母の行方をカズに尋ねる。「昇伯父の所へ」と言う。
 ハルは恐る恐る改めてカズに聞く。
 「傷ついたゃったの?」
 不服そうに口をとがらすカズは、
 「何を言ってるのよ、傷なんかついたら大変じゃないの、どっちにしたって、お母さんは入舟町が可愛いのよ」と、恨みを残し畳をけたてて外へ出ていった。
 ハルは、たった今、大変だと言ったカズの言い分を聞くや身震いがした。やたら公平を心がけて、テツとハルを育てた母と祖母が恨めしかった。あの時の痛みは、馴れ合いにすり替わっていたなら、ハルのこの先にどんな大変をもたらすのだろう。テツが繰り返した行為は、忍んだハルの沈黙に抜き差しならぬ染みを広げた。一緒に大きくなったから、一緒に大人になっただけ、と決め込んだのに、柱時計のゼンマイが音立てて千切れるようにう鳴った。ハルはひと声呻いた。気が付くと、はっとした大きな目を見開いた母が廊下でハルを見つめた。「ハルーっ」振り絞るようなひくい母の声。なにげないふりで涙を拭き、無表情に顔をつくって母を見上げた。気丈な母の目に疲れた涙があった。

 ハルは無理に笑うと、「誰も悪くない、誰も悪くない」と唄うように呟き、再び自転車で走り続けた。ハルは、母が死ぬまでこれについて母と語らず、母も心得て尋ねなかった。おとなしい顔に似合わずカズは逞しく見事だった。撫でおろした胸の中で「もうやめて」と、ハルはテツに叫んでいた。

 台風一過。夕食は近くの農家でつぶしてもらった。若鶏のすき焼き。近頃解禁になった盃を手に、子供等に囲まれた父は御機嫌。つと台所に立った母は、前掛けでそっと涙をぬぐっている。テツと祖母は昇伯父の家で一泊とか、何かにつけ母一人子一人の生活に戻ってゆくテツと祖母。それが当然ならば、ふるさとを両手に抱えて育ったハルには身の置き所なくわびしい。母と祖母の涙が痛々しい。

 (つづく)

第30回へ進む

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第28回

連載小説「神楽坂」       第27回へ戻る

第28回

 結婚二ヶ月目、ハルは身籠もった。水沼も当初は、よき主人でいたが、銀座のお酒の味を覚え、金の工面はハルまかせ、酔って帰ればリンゴの皮をむくハルに躍りかかり、「可愛い、可愛い」と繰り返しわめき、ハルの持つナイフを奪ってハルの手首に切りつける。たまらず友人の許へ隠れるハルを、新聞社を幾日も休んだ水沼がとことん追いつめ、ハルを見つければ、又もや、「可愛い、可愛い」と連れ戻り、強く抱いてハルの首をぐぅーと絞める。意識の切れる手前で必ず手を離す水沼。あたりがかすんで、「オカアサーン」と呼ぶ声の下から、自分を何故呼ばなかったと水沼はなおもハルを責める。ハルの首筋には所々紫の斑点が滲んで、それに気づいた友人は、キス・マークだと言って冷やかした。ハルは笑って頷くだけ。こんな筈ではの涙は数ヶ月で始まっていた。そのうえ、酒と奇行は芸術家の常識だから、妻たるもの堪え忍んでこそ当然と、優しさと激しい感情に叱咤され、お腹の子を庇って、言うに言われぬ恐ろしさ、水沼との世帯は、ハルの実家の店に近い。強い悪阻の身体を引きずり毎日実家へ通う。給料はほとんど飲んでしまう水沼では、頼るべくもなく、名目だけの店の手伝いに、ハルの父は多分の金を小遣いと称して、ハルに手渡す。ハルはその金でせっせと出産の仕度をした。母はお襁褓(おむつ)を縫って初孫の誕生を待つ。祖母は中風で倒れ、入舟町の店を引き払い母の許に居着いた。テツは、学生生活を終えて山の手線恵比寿駅前に眼鏡店を開いたが、意に染まぬのか店はつぶれて、印刷会社に転職した。入舟町の祖母は、ハルの母の許でこれより九年後生涯を閉じる。初めての曾孫を喜んだ祖母は、綿入れの産着の縫い方を震える不自由な手でハルに教える。少しづつ縫い上がる浅黄色の産着を、ハルは頬に当て撫で回す。肩上げを縫い付け、紐をつけ終えると、赤ん坊が着込んでいるかのように、産着を抱いて部屋をぐるぐる歩いて、よしよしと声をかけ身体をゆする。

 ひどい悪阻が納まりかけたある日、教師となったタカちゃんが何も知らぬままハルの実家を尋ねた。彼に出逢うと、ハルの身の廻りが昔にさかのぼり、久しぶりに穏やかな気分になった。本当なら彼の胸に取り縋って泣きたかったが、さも幸せな振りをして、駅前の喫茶店で笑い合って別れた。相変わらず優しい彼は、「本当に幸せなの」と幾度もハルに尋ねる。ハルは目を細め幸せの顔をする。そろそろ目立つお腹の中で、ハルを蹴り上げる小さな命。駅の改札を抜けてもまだ手を振っている懐かしい愛に、無念も縋れずハルは踵を返した。

 (つづく)


 第29回へ進む

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第27回

連載小説「神楽坂」       第26回へ戻る

第27回

 
 翌年四月、嫁入り仕度の一つにもと親にすすめられ、ハルは洋裁学校に二年間通う事になった。もとより本意ではない御通学だから、はじめの一年は、美術と服飾史の講義が救いで作品の提出も欠かさなかったが、クラブ活動に、演劇部を選んでもぐり込んだとたんに部長にされ、作品の提出は友人に頼りっぱなしのていたらく。本業はお座なりとなって、どっぷり素人芝居の世界に浸ってしまった。当時の学生が文句なく燃えたものの一つには、ハワイアン・バンドと手軽に買えるウクレレ。ジルバの踊れるダンス・パーティー。同人雑誌の刊行とお芝居遊び。赤毛ものの新劇に血をたぎらせ、復興する演劇界に、焼け残った公会堂・大学の講堂で、素人から本職までふっ切れた大熱演。
 ハルの学校では、日大の芸術科の学生が出入りして、秋の学園祭の演出から大道具・小道具の作成、本読み、半立ち、立ち稽古、はては、各大学の演劇部との共演の打ち合わせ。ここまでくると、もう誰も本業への救いの手は伸ばさなくなる。親も半分あきらめて、せめても卒業証書だけは戴いてと、薄い期待に変わる。クラブ費が足りないと、俄か仕立てのダンス・パーティーと模擬店で資金集め、所を得たりと走りまわっているハル。
 半年がかりの芝居稽古も終盤近く、日大芸術学部のOBで雑誌記者の水沼に出逢う。この水沼の強引なプロポーズと作家志望の情熱がハルの夢をひきずり、これより数年後、結婚する。水沼の父は、結婚を前提にと、いささか頼りない次男坊を長年自分が勤めるM新聞社に入社させた。

 それでは、ハルにとって、かつてのタカちゃんは、青春の一陣の風に過ぎなかったのか。否。ハルの方が彼の一陣の風であったと敏感にあきらめて、立ち去ったように思う。ハルの知らない場で、彼は左翼思想に傾倒していった。ある日の出逢いに、思想家は付属品を抱えてはならない。身の回りは常にすっきりさせて置くべき、との言葉が飛び出した。当時のはハルの理想には、男のお邪魔にならぬ女の生き方、などと大それた考えが芽生えていたし、男の思想が女如きで変わる筈もないと手短に納得して、若者の群れへとハルは身を翻してしまった。いっそ彼の求めたものが人間であったなら彼に取り縋れたかもしれないが、思想であってみれば、勉強不足のハルには太刀打ちもならなかった。
 
 (つづく)

 第28回へ進む

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第26回

連載小説「神楽坂」       第25回へ戻る

第26回

 いちじくの実が色づく、木犀の香りが待たれる。父はほとんど快復に近い、母はそれでも大事をとって当分は東京で稼ぐであろう。
 日が落ちると秋祭りにそなえ、村の若い衆の打つ神楽太鼓と笛の音が畠を越え夜毎聞こえる。井戸端でハルは明日の米を研ぎ釜に仕掛けた。味噌汁の実にと、秋茄子をもぎに畠へ出る。夜露に足を濡らせば、すだく虫の音がはたと止む。向かいの茶畠の外れに立つ外灯に、残り少ない命を暖め合うように小虫が群がり、桐一葉落ちずとも、天が下まさに戦なく秋はたけなわ、足をすすぎに井戸端に戻る。

 ふいに人けを感じてふりかえる。薄暗い門柱の陰に校服のままカバンを下げたカズが、目だけをぎらつかせ、肩をふるわせて立っている。どうやら一人だけのカズはいらだつ。
 「おかあさんは?」と不思議に思ってハルが尋ねた。
 「あたしだけ」とカズ。
 「おかあさん知ってるの」
 ハルの言葉に何をこらえかねたのやら、
 「よく知ってるわよ、だから帰って来たの」と突っ慳貪に答え、あたりを睨み廻す。
 ただならぬ様子に、ハルは訳も聞かず離れの自分のふとんの隣にカズのふとんを敷く。
 病気以来、早や目に眠る習慣のついた父は、小さな妹と中の間にやすんでいる。
 「誰か来たのか」、床の中で父の声。
 「カズです」とハル。
 そのまま眠ったのか聞こえるものは虫の音と、遠音の祭り囃子。カズは仕舞湯にざんぶりと浸かると、ものも言わずさっさと眠ってしまった。いつもなら、このあとの時間こそハルの世界なのに、一人で眠る離れの部屋は、本日、番外のお客人。さりとてやすむには早すぎて、畠に出てせっかくの月を仰ぐ。彼方の森も畠も白い紗幕を引きつめ、夜露に濡れた土の香りが足許から這い上がる。

 その時、茶畠の向こうに黒い影が走った。虫の音蹴散らし黒い影は近づく。
 思わず身構えれば、「ハルさーん」。外灯の灯りに浮かんだのは、タカちゃんだ。彼は昨今出来たてのハルのボーイ・フレンド。祖母の実家はこの辺りでは「上宿(かみじゅく)」と呼ばれる旧家。
 その家の次男に嫁いだ人がタカちゃんのあね様。二人の子供を残してつれ合いは戦死。戦前から広い邸内の片隅で精米所をやっている。黒い大きな目はいつも伏し目がちに痩せぎすな身体のどこに力を潜むかと思う程に、俵を平気でかつぐ。色白の美しい頬にソバカスを浮かせ、糠だらけになって働く。ハルの母とは仲良しで、ハルを大人扱いにしてくれる話の解るあね様だ。
 人寄せの日には、あね様の使いでタカちゃんは度々やってくる。母の使いでやって来たハルと顔を合わせるのだが、それはそれ、年の違わぬ若い者は、意識はするが、こと更のきっかけも見当たらず時を見送る。通学時、駅で出逢っても最敬礼だけの繰り返し。卒業も間近い雨の日偶然駅で出逢い、傘を持たぬハルを家迄送ってくれて初めて言葉を交わす。以後出逢えば駅で立ち話。気軽にハルの家へ遊びに来るようになった。今になって、ハルがこの出逢いは雨が引きがねと言えば、彼は「これが運命(さだめ)と言うものさ」と、笑う。本の好きな二人は、愚にもつかぬ言葉遊びして時を楽しむ。細身で睫が長く、みてくれは中原純一画く所の愁い漂う「ひまわり少年」であった。学校帰り駅で待ち合わせ、近くの丘に登って高圧線を結ぶ鉄塔の下の芝生にカバンを投げ、夢二の詩を唄い、啄木を語り、武者小路や潤一郎を、いつも出逢う隣の小父さんのように親しみ、幼い文学論やら、手探りの人生論。さりげなく忘れたふりの傷口などは、彼との充実した時がこうして洗い流して行った。ハルの折りには無鉄砲な性格を心得て、彼は思慮深かったから、誰も我々のつき合いを妨げなかった。

 先程より口も聞かずに眠ってしまったカズが気がかりで、彼の当然の訪れにもかかわらずハルは落ち着かぬ。
 「離れは早々に電気が消えているし、病気でもしているのかと思った」。
 彼に“病気”と言われ、カズはヒステリィになったのだと、ハルは決めた。
 「カズが眠ってしまったから、ちょいとお散歩なの」
 雲一つない夜空に月は昇る。
 「ほらっ、お待ちかねの、かの子の『生々流転』だよ」
 彼の差し出した本を胸にかかえて飛びあがったハルは、さつまいもの蔓に足をとられて尻餅をついた。
 いつもなら離れの濡れ縁に座り、互いに手に入れた本を見せ合い、都会の風に御無沙汰のハルに、彼は東京の土産話。時のたつのも忘れ、あげくには起き出して来た父に、
 「夜があけちまうよ」と声かけられて、一番どりの鳴き声も上の空にあどけなく別れる。これが土曜の夜の二人のおきまり。

 家から懐中電灯を持ち出し、縁の下か桟俵(さんだわら)を見つけ、埋めた防空壕の土山の上にそれを敷いた。二人は座ると逢わぬ間の出来事を立て続けに喋る。今夜は、〈達磨市〉の詩が気に入って繰り返し読み合う。敗戦後の〈達磨市〉で、居並ぶダルマを見廻し、日本の国は、今や目無し達磨だと作者は言う。目無し達磨になるまいぞ、と二人は青い気炎をあげる。
 祭り囃子の稽古帰りか、若衆たちが土山の二人を見つめ、
 「あらっ、お勉強、なんのお勉強」と口をそろえてひやかし、自転車で行き過ぎる。
 期せずして二人、「下司(げす)の勘ぐりですな」と顔見合わせて笑い転げる。垂れこめる光の中で切ない爽やかさが、今夜も彼の置き土産となった。こんなに優しい彼と、この町で別れてしまったのは、おおよそ二年後の祭り明けの日であった。

 (つづく)

  第27回へ進む

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第25回

連載小説「神楽坂」       第24回

第25回

 母が店に出ると、ぐんと売上が伸びた。十日に一度戻る母は、珍しい外国の缶詰やお菓子を茶の間に広げ、尋ねて来た人に気前よく配る。母が戻ると歯車が一期に回り出したように家の空気が明るく騒ぐ。ハルは、生まれはじめてナイロンの靴下を穿いたが、外国の靴下は全体に大きく長く、小柄なハルの足先で、余った靴下がそよいでいる。靴下よりピーナッツ入りのチョコレートの方がハルには嬉しい。
 妹のカズは、祖母の家に母と一緒に泊まり、ハルの卒業した新宿の学校に通っている。ゲンは、大学入試に失敗したが、語学に強く英会話に夢中で、街を歩く外人に近づき、すすんで喋り廻り、三角橋の図書館に通う。
 カズは幼い時とは打って変わり、まるで物怖じをせず、背丈もハルを追い越す程だ。人並みにボーイ・フレンドも幾人かいて、ラブ・レターはすべてハルに代書させて、これはと思えばハルを呼び出し、解らぬまま出かけてみれば、「これは姉です」なぞと紹介し、意味もなくとりとめなく喋らされ、頃合いを見てカズが「もう帰って」とハルに耳打ちをする。その都度、ハルが書いたラブ・レターを読んでいるであろう目の前に座る男が間延びして見え、なんともお気の毒になる。カズは本なぞ読んで夢を見ない。すべて毎日の生活を通し、現実を見つめて大人になってゆく。ハルが本を買って与えても、「代わりに読んで、ストーリーだけ後で聞かせてよ」と、これである。ストーリーをハルが教えると、素早く自分のものにして、付き合いの中でちゃっかりと応用している見事さ。

 夏休みが終わり、二学期に入って間もなく、母はカズの担任の教師に呼び出された。カズが自習時間、教壇に上がり、数人の友人と盆踊りをやったと言われる。見事に踊ってしまった生徒は三日間の停学。「サノ、ヨイヨイ」と、合いの手を入れた生徒は一日停学。
 学校から戻った母は、汗を拭きながら、「もう少し、ましな事で呼び出されたのなら良かった」。言われたカズがケロッとした顔でニヤリと笑うと、我が家ではこれでおしまい。

 (つづく)

  第26回へ

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第24回

連載小説「神楽坂」       第23回

第24回

 梅雨あけの雷が夏雲を誘う頃。父は病いに倒れた。針程の傷口が見る間に腫れあがり、父の腹は赤く膨れ質の悪いできものだと言われた。母の従兄弟に、外科部長として清瀬の全生園に勤務する昇伯父がいて、看護婦さん一人連れて家の離れで、父の腹を手術する事になった。普段から気の強い母なのに、「立会人は御遠慮、御遠慮」と青い顔で急にハルに向かって、「お前、しっかり見て置きなさい」と言うなり、奥の仏間に立て籠もったまま出てこない。ハルは仕方なく部屋の隅に固くなって正座した。気の弱い父は、昇伯父に手をあわせ、「頼みます、頼みます」とくり返す、「大丈夫、大丈夫」と伯父。局所麻酔をふくれた腹に打たれ、うつらうつらする父は、足許に座るハルに、意味もなく声をかける。呼ばれるハルは、その度にしっかりと返事をしていたのだが、意識が朦朧として医療器具の音が時々途絶えだすと身体が畳に吸い込まれた。もう解らない。父の寝所と真向かいの部屋で夕方になって目覚めた。腕に注射の絆創膏がひとつ。その後、昇伯父は、ハルに出逢う度に言う。「立会人、ただの一人もなし」。されば、「面目なし」。
 伯父は、病院の勤めが終わると父の傷口に詰めたガーゼの取り替えに立ち寄る。ハルの家から先は、畠が道の両側にしばらく続き、遠い森の陰から伯父の乗る自転車がでこぼこ道をゆっくりとやってくる。小さな妹の手を引いてハルは夕暮れの畠に立つ。伯父をみとめた妹が父に告げに離れにかけてゆく。父は晒しを巻きつけた腹を撫でながら大きなため息。後年、「生きながらの切腹でした」と、まるで侍であったかのような気分で話す父の横で、ハルは我がていたらくもふくめて、幾度も笑いをこらえた。
 母は父の手術が済むと、すぐさま東京の店へ。妹のカズは当たり前の顔で、母の後について東京暮らし。三女ヒサ、長男正一、四女トモを預けられ、ハルは痛みに夜通し眠らぬ父と共にお留守番。母がいなくとも、母からの指令の紙切れを手に、カズが毎度戻ってくるから、母が扱う品物の集散は相変わらずだが、尋ねてくる人に活気がない。
 一ヶ月もたつと父はふとんの上に起き上がり食事がとれるようになった。こうなると、久米川から清瀬の全生園まで外来として通う。リヤカーの上にふとんを敷き、先ず末っ子のトモを乗せ、離れの濡れ縁にリヤカーを横着けにして、海老のように背中を丸める父に肩を貸し頭を高くなだらかなふとん上にそっと寝かせる。週に三回傷口に太陽灯を当てに出かける。ヒサと正一は登校中なので、昼までに戻らねばならないから、一番乗りの診察に間に合うよう、朝露の消えないうちに出発だ。母の言い付け通り、みんな麦わら帽子をかぶり、ハルはリヤカー付きの自転車に跨る。重いペダルに目一杯体重をかけて自転車をこぐ。朝風渡る畠の中を、トモが飽きぬようにハルは唄い出す。「桃太郎さん、桃太郎さん・・・」。すると後で父が、「別段、宝物を積んだいる訳でもあるめえし、ほかの歌にしな」。そりゃ、ごもっとも。「だけど、命も宝だって」と、ハル。「すぐそれだ、お前は母さんに似て理屈っぽいから、かなわねえ、勝手にしな」。ハルは首を竦め、ハンドルをぐいと握りざまふり向く、父が瞬く目を逸らした。諦めよく母の後も追わず、手のかからぬトモが遠くまで出かけて来た嬉しさか、きょろきょろと御機嫌だ。ハルは覚えたての、ユーアーマイサンシャインを口ずさむ。「ハイカラだねえ」と父が言った。

 (つづく)

第25回へ

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第23回

連載小説「神楽坂」       第22回

第23回

 第九交響曲歓喜の歌たからかに、蛍の光で学生生活の幕が降りた。戦に振り回された学生時代は、接続詞を見つけるのに手間取り、卒業が中途下車の思いで、やり残した事が学校のそこかしこにぶら下がって、手招きされたら踵を返してかけ戻りそうだ。
 卒業後、ハルは父の店で商いのお手伝い。モーター付きのレンズ砥石の前で、余り期待もされぬままレンズ加工をやっている。門前の小僧は、問屋への走り使いの往復に、本屋の寄って空きな本が買えた。
 店の休日は、映画好きの父に連れられ新着の外国映画を見に行く。禿げた頭に必ずベレー帽をのせて歩く父は、ミュージカルが大好き。仕事場の隅にメモ帳を置いて川柳で時世を風刺し、寄席に通い、古典落語を覚えると、一席伺ってハルを笑わせる。
 銭湯帰り、見知らぬ人に肩を叩かれ、「師匠これから高座で?」などと言われると勢い込み、「へい、おかげさまで」と言い切り、しばらくして肩をゆすって笑う。戦災から後ればせに立ち上がった父は、失った物の大きさを追わず、毎日を上手に楽しみながら働いている。母は失った物の大きさが身に染みて痛く、少しでも取り戻さねばと居ながらに商いに励む。

 北多摩の家の玄関の土間には、数俵の米俵が常に積まれてあった。囲炉裏のある茶の間には、闇屋の小父さんが出入りして、うどん粉や砂糖、小豆等が運ばれる。時計や貴金属は勿論売りさばかれ、母にかかると手品のように品物が集まり、それがまた散ってゆく。しかも集まる人々は明るくおおらかで、畠の中の「囲炉裏のサロン」では、人と金と品物が順調にワルツを踊る。
 この頃、母は人の出入りを煩わしいと嫌がる子供等に言い聞かせた。「衣食足りて、礼節を知る」と。その都度、ハルは総理官邸で食べた厚切りの羊羹を思い出し、母の逞しさに脱帽した。母はハルが何をやろうと本気ならば文句を言わず、聞く耳だけはいつもあけて置いてくれた。しかも子供等の腹は満たされ、鷹揚に片目を瞑って頷いて、調子にのると無関心に突っ放されたので、躓いたらその痛みが胸にこたえ、父よりも怒る母の方が恐かった。上手に待つ事の難しさとせつなさは母から学び、ハルは生涯母を待たせた。それは、ハルもまた母のように待たされ続けていたから。
 

 (つづく)

第24回へ

にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

連載小説「神楽坂」第22回

連載小説「神楽坂」       第21回

第22回

 
 日の丸鉢巻きを解き、教科書に再び向かい始めた頃、担任の国文の教師は国語研究会をつくった。同好の志が寄り合い、ハルもその末席に連なった。ハルは、アナウンサーに成りたかった。言論の自由という活字に惚れ惚れとし、生まれたての男女同権に目を輝かせた。だから当然大学へ行きたかった。国文の教師は頑張れと声援。ハルもその気になったが、ゲンの進学を思えば、五人弟妹に父と母、祖母を含めた九人家族では、教育よりも毎日食べて通るのが精一杯だった。男女同権の活字は巷に踊っても、各家族には生き抜く為の順序があった。父の年齢と末っ子トモの年齢を数えれば、どうしてもとは言い出せずに涙を飲んだ。大学受験者は、女子校でもあり、この世相では学年で十指にも満たなかった。諦めたハルは、せめてせっせと本を読み、詩作し希みを文字に書き飛ばした。国語研究会は、ハルを一人残したままやがて解散した。
 卒業がせまるがハルはさほど別離を悲しまない。学校も友人も東京。足さえ運べば遇えるのだから、サイン帳が廻ってきてサインはするが、サイン帳を廻す気にもならなかった。

 現在、跡形もなくなった赤煉瓦に蔦のからまる角筈の校舎。時の将軍が鷹狩りの帰途、鞭を洗ったと言い伝えの策の井。事も無げに飲んでいたこの名水も今や新宿のビルの谷間にブルドーザーの音もろとも枯れ果ててしまったか。
 ハルは、新宿西口駅前に年を経てたたずむ。いつも節水の水が立ち上がらぬ噴水と、痘痕のように防空壕が散らばる公園跡は、さんざめくバス・ターミナル。当然見えるべき筈であった赤煉瓦と蔦の葉の緑が雑踏の間を分けて、一瞬よぎる。
 現在の音を消して目を瞑れば、記憶は欲しいままにさかのぼる。散会した後の出陣学徒が、三つ編みの女学生と日暮れの公園で出逢う。ベンチの鉄の部分も、柵の鉄鎖も弾丸に変え飛ばされて、めぼしい立ち木は、どこかの家の竈の灰になった。名ばかりの裸になった公園で、不器用に互いを見つめ、無言のまま手を握り合う二人。時局は若者から恋まで奪い、突きつけられた別離で終わっていた。

 (つづく)

第23回へ


にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村  ←こちらをクリックよろしくお願いします。

FC2カウンター

プロフィール

可久鼓桃

Author:可久鼓桃
東京・京橋生まれの神楽坂育ち。
江戸っ子3代目。
昭和4年生まれの88歳。
短歌、詩、小説、絵画など幅広く表現。
運命鑑定家でもある。

最近の記事

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索