連載小説「神楽坂」 第22回へ
第23回 第九交響曲歓喜の歌たからかに、蛍の光で学生生活の幕が降りた。戦に振り回された学生時代は、接続詞を見つけるのに手間取り、卒業が中途下車の思いで、やり残した事が学校のそこかしこにぶら下がって、手招きされたら踵を返してかけ戻りそうだ。
卒業後、ハルは父の店で商いのお手伝い。モーター付きのレンズ砥石の前で、余り期待もされぬままレンズ加工をやっている。門前の小僧は、問屋への走り使いの往復に、本屋の寄って空きな本が買えた。
店の休日は、映画好きの父に連れられ新着の外国映画を見に行く。禿げた頭に必ずベレー帽をのせて歩く父は、ミュージカルが大好き。仕事場の隅にメモ帳を置いて川柳で時世を風刺し、寄席に通い、古典落語を覚えると、一席伺ってハルを笑わせる。
銭湯帰り、見知らぬ人に肩を叩かれ、「師匠これから高座で?」などと言われると勢い込み、「へい、おかげさまで」と言い切り、しばらくして肩をゆすって笑う。戦災から後ればせに立ち上がった父は、失った物の大きさを追わず、毎日を上手に楽しみながら働いている。母は失った物の大きさが身に染みて痛く、少しでも取り戻さねばと居ながらに商いに励む。
北多摩の家の玄関の土間には、数俵の米俵が常に積まれてあった。囲炉裏のある茶の間には、闇屋の小父さんが出入りして、うどん粉や砂糖、小豆等が運ばれる。時計や貴金属は勿論売りさばかれ、母にかかると手品のように品物が集まり、それがまた散ってゆく。しかも集まる人々は明るくおおらかで、畠の中の「囲炉裏のサロン」では、人と金と品物が順調にワルツを踊る。
この頃、母は人の出入りを煩わしいと嫌がる子供等に言い聞かせた。「衣食足りて、礼節を知る」と。その都度、ハルは総理官邸で食べた厚切りの羊羹を思い出し、母の逞しさに脱帽した。母はハルが何をやろうと本気ならば文句を言わず、聞く耳だけはいつもあけて置いてくれた。しかも子供等の腹は満たされ、鷹揚に片目を瞑って頷いて、調子にのると無関心に突っ放されたので、躓いたらその痛みが胸にこたえ、父よりも怒る母の方が恐かった。上手に待つ事の難しさとせつなさは母から学び、ハルは生涯母を待たせた。それは、ハルもまた母のように待たされ続けていたから。
(つづく)
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- 2009/11/09(月) 23:12:11|
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連載小説「神楽坂」 第21回へ
第22回 日の丸鉢巻きを解き、教科書に再び向かい始めた頃、担任の国文の教師は国語研究会をつくった。同好の志が寄り合い、ハルもその末席に連なった。ハルは、アナウンサーに成りたかった。言論の自由という活字に惚れ惚れとし、生まれたての男女同権に目を輝かせた。だから当然大学へ行きたかった。国文の教師は頑張れと声援。ハルもその気になったが、ゲンの進学を思えば、五人弟妹に父と母、祖母を含めた九人家族では、教育よりも毎日食べて通るのが精一杯だった。男女同権の活字は巷に踊っても、各家族には生き抜く為の順序があった。父の年齢と末っ子トモの年齢を数えれば、どうしてもとは言い出せずに涙を飲んだ。大学受験者は、女子校でもあり、この世相では学年で十指にも満たなかった。諦めたハルは、せめてせっせと本を読み、詩作し希みを文字に書き飛ばした。国語研究会は、ハルを一人残したままやがて解散した。
卒業がせまるがハルはさほど別離を悲しまない。学校も友人も東京。足さえ運べば遇えるのだから、サイン帳が廻ってきてサインはするが、サイン帳を廻す気にもならなかった。
現在、跡形もなくなった赤煉瓦に蔦のからまる角筈の校舎。時の将軍が鷹狩りの帰途、鞭を洗ったと言い伝えの策の井。事も無げに飲んでいたこの名水も今や新宿のビルの谷間にブルドーザーの音もろとも枯れ果ててしまったか。
ハルは、新宿西口駅前に年を経てたたずむ。いつも節水の水が立ち上がらぬ噴水と、痘痕のように防空壕が散らばる公園跡は、さんざめくバス・ターミナル。当然見えるべき筈であった赤煉瓦と蔦の葉の緑が雑踏の間を分けて、一瞬よぎる。
現在の音を消して目を瞑れば、記憶は欲しいままにさかのぼる。散会した後の出陣学徒が、三つ編みの女学生と日暮れの公園で出逢う。ベンチの鉄の部分も、柵の鉄鎖も弾丸に変え飛ばされて、めぼしい立ち木は、どこかの家の竈の灰になった。名ばかりの裸になった公園で、不器用に互いを見つめ、無言のまま手を握り合う二人。時局は若者から恋まで奪い、突きつけられた別離で終わっていた。
(つづく)
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- 2009/11/08(日) 01:03:45|
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連載小説「神楽坂」 第20回へ
第21回 一週間が様々な出来事を刻んで、
秘密を呑み込み過ぎて行った。女にされ、それを追って身体が大人になった。ともかく、この取り違いから歩み出さねばならぬ心細さ。信頼深い筈の血の呆気なさ。蹴落とされた穴の底で、丸い青空に両手を上げて縋る思い。怒りを持ってゲンを極めつければ、生まれてこのかたの月日が惜しまれ、大切な血のつながりは遠ざかる。忘れるには己れが不憫で、共に生きた命が共に大人になったと思おうとした。唯、余りの段取りの無さは恋でもなく、愛と言うには近すぎ、欲望として済ますには惨めすぎた。ゲンは、まるで警戒のなかったハルに、距離を教えあきらめの烙印を押した。
ハルは、さりげなく入舟町から遠のいた。今更振り向く恐ろしさより、振り返って出逢うその目が、もし冷えて恍けでもしていたなら、一度限りの流れた血が憎しみになろうから、やり場のない自分を、最早突っ放して歩いてゆくしかない。
終戦直後、日本の世相は他人の屍を踏み越えても我が身の富を守り、強い者が栄光を貪った。学生は修身の教科書から無責任に解き放たれ、舶来好みの日本人は、けろりと過去を葬り、
「祖国」という言葉すら忘れ、今日食べられる事が生き抜く明日に繋がっていた。闇物資は耐え忍び続けた人心をかき乱した。精神は二の次で、物質が心を犯した。
夕暮れ以降、子女の一人歩きは危険だった。ハルの家の近くに、立川から所沢を抜け、入間に向かう、各
米軍基地を結ぶ幹線道路がある。米軍の大型軍用トラックが、ギラッとした大きなライトをつけて、ゴウゴウと走りまくる。トラックから長い毛むくじゃらの手がやにわに伸び、小さな日本の女を抱え、そのまま走り去る。ハルの友人に十五歳になる大柄な妹がいて、学校帰り同じ目に会ったが、
負けた国の警察は施しようもなく、臭い物には蓋をして、弱い国民は泣き寝入り、新聞に載せようのない事件などは、どこの町にも転がっていた。ハルはギラッとしたこの光に出逢うと、物陰に隠れる。戦争中は防空壕にもぐり、戦後もこれだから、どのみち命がけの通学だ。
慌ただしい歴史の中での学生生活も残り少ない。戦争中の教育は、まだ頭の隅でくすぶる。警報のサイレンでの授業の中断こそないが、同じ顔の先生が、同じ教壇に立ち、戦後は全く違った理念で私達に語りかける。何故今に至り、今が何故正しいのか、どこかに省略が潜んでいて、しっかりと伝えてくださらない。もしも、これが突然の自由や民主主義ならば、またもやある日、
大東亜共栄圏に舞い戻り、学生がペンを捨て銃を持たされ、打ちてし止まむなぞと叫ばねばならぬのか。私達は、怖ず怖ずと変化してゆく世界地図を広げる。ハルは、あの
総理官邸の大黒様と恵比寿様の陰から、幼い笑顔をあらわに手招きした、カボチャを思い出す。たまたま
総理大臣の
娘であったカボチャは、今頃どこで、どんな思いで勉強しているのだろう。我々と同じように自由と民主主義を手に入れただろうか。
(つづく)
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- 2009/10/11(日) 21:45:40|
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連載小説「神楽坂」 第19回へ
第20回 戦災を免れた入舟町の一角はさして変わらない。変わったのは、街中をG・Iが散歩して、聖路加病院のステンド・グラスが戦時中よりも輝きを増し、軒並みの家々が目立つペンキで化粧し、疎開先から戻らぬ人で代替わりもあるが、人気は昔通り。店の上の八畳間は、相変わらず仏壇の線香の匂いが染みつき、白髪のふえた祖母のキミを挟んで、一つ違いのゲンとハルが眠る。
近頃のハルは身体が妙に懈く。詰まらぬ事で苛立ち、乳房が疼く。訳もなく涙が溢れる日は母の許へ帰り、近くの小高い丘の裾にある尼さんの庵にゆく。散歩の途中、托鉢する尼さんの姿に思わず手を合わせたハルに、尋ねる度に粥を炊き、お茶をたて、迷える小羊に鬱陶しくならぬ程、法を説く。経本を開いて
「大般若」を唱えれば、生きているだけでどこか汚れてしまうと思い込むこの頃の恐れから、すんなりと這いだし、また入舟町からから学校に通っている。母は食糧の確保と子育てにかまけ、父は商いに忙しく、祖母の側での時の自由さにハルは寄り掛かっている。ゲンは大学受験を控え図書館通い、遊びも勉強もハルにはもう手が届かず、ゲンが何を考えているのやら皆目解らない。朝から細い雨が降り続く花冷えのこの頃、校庭は櫻の花片を頻りに吸い取る。友達はそれぞれ軽い恋をくり返し、ハルはたのまれてラブ・レターの代書をする。手数のかかる恋物語には、恋の相手にそれとなく引き逢わされ、後日感想を迫られる。恋に恋する幼さは千切れ雲に似て淡い。やたら神経のみ先走るハルだが、発育不全なのか身体は友達からおいてけぼり。
めっきり早く眠るようになった祖母の隣で、ハルは眠たいくせに本を読み流している。バレー・ボール大会が近づいて、背の低いハルは後衛でサーブの連続練習。太腿の付け根から先はふとんの中で溶けてしまったように懈い。隣の部屋では遅くまで勉強しているゲン。ぐっすりと眠りこけたハルは、真っ白で太い蛇の夢をひたすら追う。祖母の実家の三番蔵には白い大蛇が住み着き、家に大事ある年は蔵の屋根に這いだし吉凶を告げると、これだけは真顔して母が言う。
この言い伝えに色を付け想像を展開させ、ハルは幻の夢を折折に見る。土蔵の蔵の壁には、織りなす葉が登り立ち禿げた荒壁の木舞いの間に名もない草がとり縋り、一歩踏み込めば薄暗い天井にとどけとばかり籾が積まれ、小ネズミの光る眼が隅に潜む。この三番蔵の前を通りかかるハルは、そっと蔵をひと回りするが、妖気が伝わったか、もつれる足に驚いて、一目散に逃げ出す。今、ハルは真っ白で太い蛇の夢に酔いしれる。三番蔵の小高い窓から白い蛇はのろのろと這い上がり、痩せた大人の胴ほどもある真っ白な肌をぬめぬめと妖しく輝かせ長々と屋根に寝そべる。深紅の伸びる舌をペロッと出して屋根にかかる欅の枝に巣くう小虫を器用に食う。あたりの音は静止し、色の無い背景の中で深紅と金色に変化した白い肌が鮮やかに踊り狂う。蛇の息遣いがハルの耳許にせわしい。ハルは今、真っ白で太い蛇の夢に酔い狂う。いつしかハルは、恐ろしい筈の蛇に猛く寄り添われ、輝く身体はハルに優しく、深紅の細長い舌はハルの首筋を伝う。三番蔵の屋根は程良い陽射しを受け、広く暖かく柔らかい。
気怠さの中で縮かんでいる身体を伸ばし寝返ろうとすれば、やおら熱い塊が全身にむしゃぶりつき、腰と胸元の自由を奪った。これは妙だ。これは夢なんかじゃない。これは蛇ではない。これは何だ。身体が動かない。息がつまり喉が渇く。祖母の鼾が隣で折折途切れ、軒を打つ雨音が激しくなった。家中のあかりは消え、突っ張ったハルの身体に蛇ならぬ人間がひたと被さっている。もがいてのび上がれば、歯の根が合わぬ、震える口びるを燃える口がふさいだ。やみくもに逆らう腰に痛みが頭の芯を突き上げ、生命が走った。鈍痛と涙が残った。震える身体は言葉なくするすると立ち去り、ハルの身体から零れ出たものに、優しさも、約束も、夢もなかった。惚けた頭で残されたぬめりを枕カバーで拭った。青草の匂いがジトジトとしたふとんに籠り、手洗いに行きたいが身体を動かすと、声を上げて泣き出してしまいそうで、明け方まで切なく堪えた。
空が白み、強張って血の染みた枕カバーを音を立てぬよう手拭いでくるみカバンの底に入れた。気が付くとハルは、雨上がりの街なかを玩具のように走る一番電車に乗っていた。店は戦災に会い、もうそこには座る場所もない筈の牛込見附で電車を降り、神楽坂は見上げただけで、朝の土手公園にたどり着く。ハルの松の木達が昔通り手を広げて待っていた。芥箱の中へ血染めの枕カバーを細かく裂いて捨て、しばらく行ってまた引き返し、捨てた布の血色の個所を暫く指先で突いていた。新しい涙をふりきり松の木に登る。腰にしっかりと力が入らず、身体の中に異物が残されたままのようで変にぎごちない。松の木の上で止まらぬ涙を頬に受け、神楽坂を見やり昔を思う。人通りが始まり学生の歩く姿が増してゆく。全身が昨日の自分と変わったと見とがめられる恐ろしさに、ハルは今日学校へ行くのをやめた。冷えた血が駆け回り眩暈がした。すれ違う人の目が見透かし追い立てる幻覚。中央線の車窓に写る自分の顔の白々しさ。
誰にも言えぬ心のうちは、やっぱり、「オカアサーン」。昼近くに戻ったハルは、頭痛で早退したと母に言っておく。青草の匂いが纏い付くまま、離れにこもりぐったりと眠る。夕方、何も食べないハルに母がお粥をつくった。起き上がったハルは寒気がして乳房が張った。ふらふらと手洗いに立ち、あわてて手洗いから転び出た。「わぁー、血が止まらない」。震える腰から下の感覚が突然敏感に発達して、女のスタートを切った。手洗いの前でいつもより優しい顔の母が、大人への仕度を手にして待っていた。それはこれから女として生きる為、あらかじめきめられた通行手形に見えた。
明くる朝、母は赤飯を炊いた。ハルは学校を三日間休み、四日目母のサイン入りの生徒手帳をもって登校。始めて体操の時間見学。友達が目配せをした。ハルはうわ目使いでコックリをした。
(つづく)
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- 2009/09/05(土) 21:55:42|
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連載小説「神楽坂」 第18回へ
第19回 ハルは、継ぎ接ぎだらけの授業が詰まらなかった。もんぺをスカートに穿き変えたものの、俄仕立ての民主主義に質問がたくさんあった。何よりも
不惜身命は、
可借身命と相成った。生命の尊厳と責任に裏打ちされた自由を教えられる。天皇陛下は、
神格否定宣言をなされ、文部省は
教育勅語の奉読を廃止せよと通達した。神国日本に神風の吹くその日を、日の丸鉢巻をかたくしめて、信じさせられ育った同期の小櫻達は、今や人間は葦原に繁っていた一本の葦に過ぎなかったのかと悟った。
特攻隊生き残りの母方の伯父は、狂声を張り上げ、抜き放った日本刀で、庭の立ち木をやたら斬って廻り、足許へ生唾を吐いていた。
学校の帰り、ハルは映画を見たり、神田の本屋街迄出かけて本に立ち読みの「梯子」をやっていた。高くて買えぬ本は、申し訳ないが写させていただく。ハルは、
パスカルの
「パンセ」が欲しいのだが買えずに毎日本屋へ通った。雨が降っていた。うなぎの寝床のような店に隠れ場はなかったが、奥に座る店の人からは離れていたのが幸いだった。今日まで三分の一ぐらい写せている。ふと肩を叩かれる。老眼鏡を鼻先までずらした見馴れた本屋の小父さん、うろたえるハルに黙ったまま椅子をすすめた。
ハルは小柄な身体が溶けてしまえば良いと思いつつも、深く深く最敬礼をした。小父さんの細い目は笑いながら又も無言で椅子をすすめる。ハルは消え入る声をやっと出して、「ゴメンナサイ」と言った。その日からのハルは映画も見ず、あんみつも今川焼も食べず、一日も早く親切な本屋の小父さんの許へかけつけて、写しかけの本を買いたいと、せっせと小遣いを溜め続けた。ハルの手許にパスカルがやって来たのはそれから三ヶ月後、街に
「リンゴの唄」が流れ、以来
パスカルと
「リンゴの唄」はハルの記憶の中で一緒に座っている。
注 不惜身命(ふしゃくしんみょう) 可借身命(あたらしんみょう) (つづく)
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- 2009/08/15(土) 10:05:14|
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連載小説「神楽坂」 第17回へ
第18回 ゲンと祖母キミは入舟町へ戻った。父は、入舟町の店の近くへ、ともあれ小さな店を構えた。ゲンの家には借家人がいたが、二階と三階は貸していなかったので、寝る場所には困らなかった。ハルは相変わらず、入舟町の祖母の許から学校に通って、週末は東村山に帰る。ゲンは、大人っぽく男でございとばかりハルを見おろす。悔しがって、後を追い廻すハルに「おまえは女なんだから」と、もうどこへも一緒に連れ歩いてくれない。
ハルの胸はちょっぴりふくらんで、若草だって芽吹いているのだが、まだ体操の時間にオヤスミをしていない。友人のほとんどは、学生手帳を先生に渡し家からのサインの横にペタンとハンコを貰って体操をやすむ。
父の店には、サングラスや時計を買いにGIがくる。お金を持たない場合は、タバコ、石けん、缶詰、お菓子を置いてゆく。それが値段に引き合うのやら解らなくても、食べるのが先決の時代。子供の多い我が家では、これらの品物をかついで週一回父は母の許へ帰る。もどれば親鳥の餌を待ちかねた子供等は、珍しい品物に群がる。石けんは汚れだけ落とすのではなく、香水の役目もするのをハルははじめて知った。
ここ東村山にも、都会の人達が主食や野菜を求めて農家の庭先に、手持ちの高級な着物などをひろげ商談に入る。小学生らしい男の子が、自分の背丈ほどの荷を背負い、畠中の道を母親にせき立てられてよろけながら歩く姿。村の人達はこうして訪れる人々を買い出し部隊と呼び、週末、駅のホームは人と荷で大混雑をする。
父は、いつものリュックの別に一斗缶を下げて戻った。さも得意気に一斗缶を開け、「舐めてごらん」と母に言う。のぞき込む母がひと舐めして、「あらっ、お砂糖ですね」とニンマリ笑う。その声を聞きつけ子供等はいっせいに手を伸ばす。畠でとれた小豆で、さっそくおしるこを作った。
次のリュックが運ばれる頃、その一斗缶の中から薄茶色が顔を覗かせた。父は済まなそうに禿げた頭をつるんと拭いた。母は、「又ですね」と言った。薄茶色はフスマであった。小麦を引いて粉にする時出来る皮の屑なのだ。一斗缶の十五センチ程までは、確かに真っ白なお砂糖に違いなかったのだが。
職業安定所から金属製のトランクを一つさげて、陰気な男がやって来た。無口で猫背で終日仕事場で大きな目玉をギョロつかせ時計の修理に余念がない。時計職人二十五歳。週一回母の許に帰る父は、週二回戻れるようになった。
その日、朝がた出かけた父が、小柄な身体をまたひとまわり縮めて帰って来た。濃いひげの剃り跡がなお濃い真っ青である。辿り着いた玄関で、へたへたと膝をついた。その姿に、出迎えた母は、「まさか、あんた」と、さすがの母もその場に座ってしまう。やられたのである。二十五歳の時計職人は、ものの見事にめぼしい店の商品を手持ちの金属製のトランクに思い切り詰め込み立ち去った。
数日して警察から連絡あって、父は職人の生家へ警察の人と出かけた。埼玉の小さな駅の町外れ、傾いた藁葺き屋根の下から年老いた病身のふた親が現れ、「三年前、息子は勘当しました」と言うだけ。見廻せば無残に貧しく。強い言葉も交わせぬまま父は戻ってきた。
さし当たり神楽坂以来の信用で商品は整った。二代目の旦那商売を続けていた父が始めて潜る試練であった。
(つづく)
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- 2009/08/14(金) 12:07:16|
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連載小説「神楽坂」 第16回へ
第17回 工場から学校へ在校生は戻った。赤煉瓦の校舎は外側だけ残り、内装は焼けて火事場の匂いがなかなか抜けない。
つい先頃まで、藤田東湖の「天地正大の気、粋然として神州に鍾る(あつまる)」に始まる詩を朝礼で毎朝吟じていた私達は、戦が終わるや、ゲティスバーグでのリンカーンの演説文「人民の人民による、人民の為の政治を」と、蛸壺防空壕が手付かずに散在する校庭で、素直に唱和した。勿論涙ぐましい仮名ふりの英文であった。
敗戦後の体操の時間は、かつて掘らされた蛸壺防空壕の埋め立てで始まった。先生のかけ声は「第三分隊の第一班右へ」なぞとは、もう決して言われないが、命令なぞされなくても、自分の汗で掘ったものの位置はしっかりと覚えている。御使用なしの深さ二メートル、直径一メートルの蛸壺に駆け寄る。
「あれっ」顔を見合わせれば、「同じ、あの時とおんなじ」とはしゃいでいる。同期の桜は恙なく勢揃いして蛸壺防空壕は埋まり、校庭は平らに広くなった。
焼け残った教室の中では、新渡戸稲造、内村鑑三の足跡が語られ、駆け足の民主主義が学校の中を駆け回る。
禁じられていた英語は、敗戦を境にいきなりハル達を取り囲んだ。街には英文字が氾濫し、新宿の街の中をパラシュートのようなスカートを穿いた女の人達がGIに肩を抱かれ、タバコを咥えて通り過ぎる。
「欲しがりません、勝つまでは」なんて、負けちゃったお国では、もはやおとぎ話。闇市では欲しい物が山積みされ、新宿の街はみるみる毒々しい原色に塗れたてられ、日本の色が消えてゆく。
本屋さんに本があふれ、翻訳本を隠れて読んだ頃も忘れ、ぞくぞくと放映される外国映画を映画館の梯子で見て廻った。
ズルチン入りのあんみつであれ、泣ける美味しさ、スルメの足をくわえ、映画館の休憩時間に流れるハワイアンバンドのスチール・ギターにうっとりした。しかし、お国の為に省略された英文法では、今更急に高学年用のリーダー抱えさせられた。我々は戸惑い疲れて、若いエネルギーは街の角かどを流離う。
教育界の慌ただしい変貌の狭間であえぐ落ちこぼれは、無残であり無念だった。
(つづく)
第18回へ
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- 2009/08/05(水) 23:20:24|
- 連載小説「神楽坂」
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詩歌集「ぐれいん」 昭和四十年十二月、川崎駅前にてトンカツ店
「ぐれいん」開業
「grain」とはドイツ語で「穀物」という意味
日々の糧を得るという意味で店名を
「ぐれいん」とする
短歌 花も実も 青空も見上げず トンカツを揚げてをれり
この道より 暮らす道なし 一筋に生きんか散文詩 昭和四十年十二月五日 今日からあたしゃとんかつ屋
白いシャッポをチョコンと乗せりゃ
度胸と愛敬でひと稼ぎ
色んな目付きに囲まれて
いろんな世間をかい間見る
いらっしゃいませ、ありがとう
今日からあたしゃとんかつ屋
泣きたい程の淋しさも
疲れる身体を忘れましょう
坊やの笑顔でひと稼ぎ
ほんに今日からとんかつ屋
いらっしゃいませ、ありがとう散文詩 昭和四十年十二月二十日 つかの間のまどろみにも、とんかつの夢を見たり
キャベツ畠で豚に追われたり
ナイフの橋をかけ抜け、フォークの櫂に皿の舟
玉ネギの畠にて、なおも追う豚は、力尽き豚座。
これぞ、私の今をささえるメルヘン散文詩 昭和四十年十二月二十五日 煩わしきは、かき揚げに
希みは、一口かつより
うぶなレモンは、かぐわしき思ひ出
マスタードは、浮世への風刺
キャベツの千切りは、細やかなる心くばり
すべてを定食としてまとめ
ああ、かくて真白き皿と共に
日々の我が労働に
心よりの祝福を送らむかな
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- 2009/07/31(金) 23:22:06|
- 詩歌集・ぐれいん
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「人間日和」を評論していただきました 当ブログ 【可久鼓桃の一人同人誌「人間日和」】がブログ評論家
タキタローさんの
「わたし、ブログ評論家です」で取り上げられ、数々のおほめの言葉をいただきました。
可久鼓桃本人も「続けていて良かった」と、とても喜んでおります。連載小説、短歌共にどんどん掲載してゆく予定です。なお、リンク集に
「わたし、ブログ評論家です」を加えさせていただきました。
評論の内容は
こちらからリンクできます。読者の皆様にも是非読んでいただきたいと思います。今後とも、ブログ【可久鼓桃の一人同人誌「人間日和」】をよろしくお願いいたします。
ブログ【可久鼓桃の一人同人誌「人間日和】管理者
新岳大典
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- 2009/07/29(水) 23:39:44|
- 御挨拶
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連載小説「神楽坂」 第15回へ
第16回 あの八月の朝、明電舎の三階の仕事場で、汗でべったりと濡れた日の丸鉢巻きをきりっと結び直した丁度その時、スピーカーから全員集合の指令。すり減った運動靴を引きずり一階の中庭へ、ねずみ色の階段を怪訝な面持ちでぞろぞろと降りてゆく。
「天皇陛下の玉音放送が御座います。」と工場長の重々しい声。
一瞬ざわめいた群衆も緊張して静まり、不透明な空気の中、国民がはじめての陛下の沈痛なお声が細く清冽に流れてゆく。我々は一人、また一人その場に蹲る。腹の底から唸り声をあげ、高まる憂憤の情は堰を切って、日の丸鉢巻きを地べたへ叩きつけ、握る拳を震わせる男子学生。
ハルは、足を踏み締め腕をさすり、今の命を確かめたが、空白になってゆく頭の中は、瞬時に区切られて頼りない。工場の機械の音は消えて、午後は解散。大崎のホームに立ち、私達はまず宮城前広場へと目で頷き合う。その時、ホームの柱の陰で何が可笑しかったのか、甲高い声張り上げ、ゲラゲラと級友が笑った。その声に素早く駆け寄り、笑う女子の顔に男子生徒の平手打ちがとんだ。
誰もがやり場なく途方にくれ、動員学徒等は泣くエネルギーもなく、惚けた目を寄せ合ったこの日、激しい目の前の光景は過去への決別であったのか。
やおら、その空気を破り、平手打ちの男子生徒は、声を限りに叫んだ。
「何が可笑しいのか、今日は、今日は笑っちゃいけないのだ。せめて今日だけは」と、ホームの柱に血の滲む程身体を叩きつけ慟哭した。打たれた級友は、防空頭巾の紐を引きちぎり、全身を震わせて泣いた。ホームの動員学徒は耐えかねて一斉にに号泣した。それは、もうどこえなりと、と急に解き放され、行き場に迷う青春の咆哮だった。
昨日まで燃えて組み合って来た肩を、今日は頼りなく寄せ合って、宮城前広場に集まり正座する。玉砂利を握りしめ二重橋に向かいこうべをたれれば、涙があふれて止まらない。誰も喋らず、あちこちに忍び泣く声がうずまいている。
「将校さんが切腹した」と遠い所で誰かの叫ぶ声。
ひもじいお腹をかかえながらも、一人として立ち上がらぬ、ひたすら従い夢中で生きた月日が、ここに座ってさえいれば無駄にならぬ気がして、返事の返る筈もない雲居の果てをひたすら見つめるだけであった。
この日を境に、父は終戦ボケとなり、母は甦って逞しくなっていく。次々と偉かった人が自決し、小さな子供等の間には「お山の杉の子」の歌が流行っていた。
(つづく)
第17回へ
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- 2009/07/22(水) 23:26:29|
- 連載小説「神楽坂」
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